【着物の帯|京都_吉村織物編】150年、西陣に響く“はたおと” 伝統的な技法と色で帯地を織り成す
2026.02.26
京都の先染め織物と言えば、西陣織。その本場・上京区に工房を置く吉村織物株式会社は明治の創業以来、150年以上も西陣の地で機織りを続けてきました。「自社で機を織ることを内機と呼びます。うちは西陣でも数が少なくなってきた、完全内機でモノづくり[mo1.1]を続けている工房です」と語るのは吉村俊宏さん。
緯糸を濡らして織ることで張りのある風合いを表現する、室町時代から高級装束に用いられてきた伝統技法「濡緯」(ぬれぬき)。この工房の高い技術力をいかんなく発揮した帯地は、一味違う「上質さ」を漂わせます。西陣の美を守りながら進化を続ける、吉村織物のモノづくりに迫ります。
Contents
自社で一貫して織るからこそ生まれる微細な表現――
創業は明治。そのルーツは金沢にあり


京都・西陣、国の伝統的工芸品に指定される「西陣織」が生まれる地。その歴史と伝統の地で、自社工房を構え、帯地を織り続けているのが吉村織物株式会社です。その始まりは明治元年、初代・利七が金沢から上洛し、生家の屋号「平野屋」を掲げて帯地製造業を創業しました。
職人でもあり、営業も担う吉村俊宏さんが案内してくれました。

「西陣では『はたおとが聞こえなくなった』と言われるほど、織機の音が消えつつあります。実は織元が他の機業店に製織を依頼する『出機』という業態が主流になっているのです。それに対して、自分たちの工房で織機を使って織物を作ることを『内機』と呼びます。当社は、店の奥に工房を構え、作り手と織り手が一体となった、昔ながらのスタイルを守る数少ない工房なのです」
店内に耳を澄ませば、カシャカシャと織機の音が響く。昔は西陣中で聞こえた音も、今となっては耳にすることは珍しくなりました。

「自分で営業もしているので、どういう思いを込めて織っているかをお客様に直接伝えることもこだわっています。自分で織るからこそ分かることがたくさんあるので、その想いをダイレクトに届けたいと常に意識しています」
と俊宏さんは話します。
伝統技法「濡緯」(ぬれぬき)が生む、張りのあるシックな風合い


「当工房の代表作のひとつが『濡緯』(ぬれぬき)という技法を使った帯地です。緯糸は西陣では伝統的に『緯糸』(ぬきいと)と呼ばれますが、この技法では濡らした緯糸を織り込むため、濡緯(ぬれぬき)と呼ばれています。起源は室町時代。能装束や高級衣装に用いられ、濡らした糸を織りながら乾かすことで生地を引き締めていきます。障子に霧吹きを当てて乾かすとパリッと張りますよね。その要領で、織り目を詰まらせながら織っていく技法です」
難しそうですよね?と尋ねると俊宏さんは笑って答えます。
「そうですね、すごく難しいです。糸の乾き具合が変わるだけでムラが出ます。その調整が非常に難しい。季節や天候で乾き具合が変わるので、常に糸の濡れ加減を感じながら織る必要があります。私も5~6年修行して、やっと製品になるものが織れるようになった。もう、どれだけ熱意を持って打ち込めるかという世界です」

「通常は糸に糊を付けてハリ感を出しますが、濡緯(ぬれぬき)だと糊を使いません。そのため、絹糸本来の色が、美しく際立つ特長があります。コシ感があり型崩れしにくい、その特徴を生かしながら絶妙な軽やかさを表現しようとこだわっています」と自信をもって説明をしてくれました。

江戸時代の豊かな色彩感覚を、今に生かす――

「素材にも当然こだわりがあります。まず色目。配色を担当する父は、江戸時代の色をベースにデザインしています。当時は奢侈禁止令と言って、ぜいたくを禁止する法律がありました。そのため、豪華な色が使えませんでした。それでも、昔の人の色感覚はすごく豊か。四季があって、今よりも自然が豊かだったというものあるんでしょうか、色の見え方は世界的に見てもすごく高いレベルにあったと思っています」
俊宏さんが見せてくれたのは、生地の色見本台帳。雪鼠、藍紫、今鶴羽――美しい自然の色が並びます。


「江戸時代の色は、驚くほど繊細に分けられています。四十八茶百鼠という言葉があるぐらい、鼠色や茶色だけでも無数の種類がある。今使うと、『地味かな、目立たないかな』と思いきや、このくすんだ感じがすごくかっこいいんです。黒色も、真っ黒でなく墨黒にすると、着物に合わせやすい帯になる。どれも大量生産では表現できない絶妙な色合いです。この色見本だけで300色、まだまだたくさんあります(笑)」
自信があるからこそ、顔が見えるものづくりを目指す
見せてくれた帯地には、商品名の横に職人の名前が記されています。


「当工房では“顔が見えるモノづくり”を進めていて、織った人の名前を必ず明記し、お客様に作り手の存在を感じてもらえるようにしています。この帯は、80代の大ベテラン安達さんの作品。内機にこだわり、自社で職人を抱えているということを知ってほしいんです」
さらに、見えない部分にも妥協はありません。
「帯の裏地って他でお願いするところも多いんですが、うちは裏地の部分も自分たちで織ります。同じ生地で合わせないと、沿いが合わなくなって全体が崩れてしまう。目に触れない部分こそ、素材にこだわって作っているんです」

街中に響く「はたおと」。西陣に根差したモノづくり
難しいからこそ、面白い。作り手とお客様の両方を満たすモノづくり


工房を案内してもらうと、織機が何台もずらりと並び、カシャカシャと小気味よく「はたおと」が響きます。京都の街中とは思えない光景です。
「これです」と俊宏さん見せてくれたのは、容器の中で水に浸かった糸。「え?これをこのまま織機にセットして織るんですか?」と驚き、そんな質問を。

「そうです。この濡れた糸を使うのが濡緯(ぬれぬき)これをシャトル(杼)にセットして織るのですが、濡れた糸はバラつきやすいので、シャトルにクッションとなる素材を貼り付けて、織っています。難しいですが、その分、他の織り方では出せない上質な風合いが生まれます」

濡緯(ぬれぬき)ができるのは一部の職人に限られるそうです。それほどに難しい織り方に挑戦する理由はなぜなのでしょうか。
「誰でもできる簡単なものなら面白くないでしょ?(笑)。ウチでしかできない織物を追求したい。濡れ抜きよりもさらに難しい技法もあるんですよ。より縦糸が細いものとかですね。昔は織れていたんですが、今はできないものもある。技術を磨いて、かつての表現を復活させてたいと追及を続けています」


「締めていただくお客様が喜び、感動してもらえるように織っていく。ただ売るだけじゃなく、モノを作る過程でもお客様の心は動かせるはずだと思っています。自分も含めて職人自身が楽しんでこそ、良いものが出来る。デザインも自分たちが面白いと思えるものを作っています。作り手とお客様、両方の気持ちが合致するモノづくりを大切にしています」


伝統技法を生かし、自分たちにしか作れない帯を織る
俊宏さんが百綴れ帯を見せてくれました。


「この帯は1分間に杼が100回入る程に細かく織っています。綴れというと本来硬く重たいものですが、当工房では細い縦糸を使うことで柔らかく仕上げ、軽さとしなやかさを表現しています。細かく杼を入れる分、糸に力が加わって切れやすくなる。難易度は高いですが、西陣伝統の技を駆使して織りあげています」
さらに、もう一つの代表作である丸楽帯も。


西陣で帯を織る、織り続けることの意味――
結ぶ――装いも、気持ちも新たに

「西陣で今も内機を続けられるのは、長く積み重ねてきたから。内機にこだわって、うちにしか作れるものを追求し、少しでもお客様が楽しんでいただける面白い帯を形にしていきたいと思っています。昔のお着物でも、帯が変わるだけで雰囲気が一変しますよね。帯がなければ着物は成立しない、そういう重要なアイテムです。世界的にも、結ぶだけで成立する民族衣装は珍しいです。結び方も多様で、アレンジすることで全体の印象を変えることができる。日本は古くから「結ぶ」という行為に愛着を持ってきました。ファッションとしても面白いし、結ぶことで気持ちを新たにできる。だから帯を織ることは、単なるモノづくりにとどまらないと考えています」

何よりもまず、着物を楽しんでほしい――お客様への想い
「これからも帯地を作り続けるのはもちろん、西陣織に固定観念を持たない学生とプロジェクトを組むなど、この技術で何か新しいことができないかなと考えている最中です」と語る俊宏さん。


「でも一番は着物を楽しむ方に、もっと喜んでもらえる帯を作ること。現代の感覚に合う色目、風合いを日々更新し、挑戦し続けていきたいと思います。初めての方にもぜひ気軽に使ってほしいです。

高い技術力と伝統を誇りに西陣織を守り続ける――そんな自負を感じさせる俊宏さんの姿。今日もこの地で「はたおと」を響かせながら、締める人を感動させる帯を作り続けています。

