【置賜紬|山形・小松織物】白鷹でしかつくれないものを作り続ける「北限の絣」の地で、板締小絣を受け継ぐ

2026.04.24

山形・白鷹町は、「置賜紬」の産地として300年以上の歴史を刻んできました。白鷹の織物文化を受け継ぐのが、小松織物工房です。創業から6代にわたり、お召や絣(かすり)織物を作り続けています。
現代、そのバトンを継いでいる六代目である小松寛幸さん。「板締染(いたじめぞめ)ができるのは今や白鷹だけ。この伝統を守り、受け継いでいきたい」と語ります。板締染技法から生み出されるのは、シックでありながら日常に寄り添う「究極の普段着」。小松織物工房が目指すものづくりの姿に迫ります。

置賜紬の産地、白鷹。琉球からの絣の伝統が息づく――

日本で2軒だけが行える板締染色技法

小松織物工房の外観

山形県南部・置賜地域の米沢、白鷹、長井の地区では、江戸時代から織物が盛んになり、現在はこれらの地域で作られる織物を総称して「置賜紬」と呼ばれています。中でも白鷹は、日本で唯一といえる伝統技法「板締(いたじめ)染色技法」を受け継ぐ土地です。現在も板締染色を行える工房は、今回お伺いした小松織物工房を含めて白鷹ではわずか2軒のみ。代表の小松寛幸さんが案内してくれました。

小松寛幸さん
小松寛幸さん

小松さんはまず白鷹の歴史について教えてくれました。

「白鷹はもともと織物を生業としていた土地ではありません。養蚕に加えて、紅花や青苧(あおそ)という麻の一種の栽培が中心で、あくまで原料の産地という位置づけ。出荷できなかった原料やくず繭を使って、庶民の生活の一部として織物が行われてきたのでしょう。それが少しずつ発展し、江戸の末期から明治時代にかけて、大きな産業へと成長していったようです」

工房内に生けられた紅花

大陸の絣が琉球から白鷹へ

工房の風景

「織物の中に、絣(かすり)といって、部分的に先染めした糸を使って織りあげる過程で模様を表現する技法があります。もともとは大陸で生まれた絣は琉球に渡り、そこから日本各地に少しずつ北上して広がっていきました。鹿児島の大島紬や久留米絣などが有名ですよね。ここ白鷹で作られる絣は『北限の絣』と呼ばれ、琉球から伝わった絣の技術が到達した最北の地域とされています。もちろん北海道にも織物文化はありますが、絣の技法が伝わったのは、ここ白鷹までなのです」

工房の周辺には青苧が自生しています
工房の周辺には青苧が自生しています

「はるばる伝わってきた琉球風の着物は『米琉』と呼ばれ、白鷹をはじめ米沢市、長井市の三地区で花開き、それぞれの地域で独自の進化を遂げていきます。白鷹は大島紬の流れを汲みながら、より良いものを作ろうと各地域の絣の技術を積極的に取り入れようと奮闘していたようです」

絣の最終形態――独自の奥ゆかしさと立体感をたたえる

「明治の終わりごろ、栃木県足利の技術者から“板締め”の技法を学びます。文様の設計図に合わせて、ミリ単位で溝が掘られた「絣板」に糸を一本ずつ巻いていきます。溝が対になった板を上下に重ね、染料を流し込むと、溝がある部分は色がつき、溝がない部分は染まりません。この糸を使って織りあげるのが板締小絣。これは当時としては最先端で、絣の最終形態だと言われることもあります」

工房の風景

かなり精緻な図柄が作れる、当時としては非常に先進的な技法だったと小松さんは教えてくれました。

「先染めで、ここまで細かな模様を作れるのが板締染の特徴です。蚊絣や亀甲など通常の染色技術では難しい精緻な文様も、この技法なら可能になります。糸がしっかり染まっているからこそ生まれる奥ゆかしさ、染めが重なった部分がつくり出す深み。先染なので表も裏の区別なく柄が美しく出せる。他にはない立体感と奥深さ、それが板締小絣の最大の特徴だと思っています」

広げて見せてくれた反物には、細かな意匠がさりげなくびっしりと織り込められています。静かにたたずみながらも、一本の糸の段階か丁寧に作り上げられたことが伝わってくるようです。

工房の風景

手間暇をかけて糸を染め、時間を掛けて織る。丁寧な仕事で息を吹き込む

糸を巻き付けた絣板を何重にも重ねて糸を染める板締染

板締染めで使用される絣板

小松さんが実際に使われている絣板を手に取って見せてくれました。深さ数ミリの溝が無数に彫られていることがよく分かります。重ねた絣板を横から見ると、溝が連なって模様を形づくっているのがよく分かります。

絣板。糸を巻いた絣板を束ねて固定する

「板を次々に重ねて固定します。この固定する道具も昔ながらのもので、重さ60キロほど。絣板と合わせて80キロぐらいにはなります。昔はもっと大きい道具を使っていたんですが、それは重さが100キロを超えてしまうので、さすがにもう扱えませんね」と小松さんは笑います。

かつて使用されていた大型の固定器
かつて使用されていた大型の固定器

「溝が少しでもずれると、そこから染料が漏れてしまいます。ゼロコンマ何ミリの世界で調整して、絣板全体をがっちりプレスするように固定。準備が整ったら、“ぶっかけ染め”と言って、約90度に温めた染料を、ひしゃくでひたすら上から板にかける。1時間以上かけて、トータル700~800回ほどかけ続けます」

工房の風景。染め場

想像以上に手間暇がかかり、肉体的にも負担が大きい作業です。気の遠くなるような工程を経たあとに、白と黒のコントラストが何とも美しい糸が染め上がります。

工房の風景。糸が用意されてる

手織りだからこそ実現する板締小絣

手機織をする職人

白鷹で独自に開発された「白鷹式高機織機」を使って、経糸と緯糸の絣を合わせて、生地を織りあげます。絣巻き機と織前までの間隔が短いため、絣のズレが生じにくく、小さな絣でも鮮明に表現できます。ただ、その分、難易度が非常に高く、熟練の職人であっても1日織れるのはわずか40〜60cmほど。ひとつひとつの絣を合わせながら進める緻密な作業は、想像以上の集中力と技術を要します。

小松織物工房に機械式の織機もありますが、絣を合わせるのは手機織(てばたおり)でなければ難しいと小松さんは言います。

手機で絣を織る

「糸が少しでもずれるとボヤッとした模様になる。そのため一本一本丁寧に織らないと完成しないんです。かつては農閑期などに村ぐるみでこの作業をしていたのだろうなと思います。1人で全部こなすには、大変過ぎます」

一時期は壊滅状態だった白鷹の織物産業

大正期には年間13万反もの米琉の紬を生産していたという白鷹。まさに一大生産地でとして繁栄し、今の価格に換算すれば数百億円規模の売り上げがあっただろうと小松さんは語ります。しかし、世界恐慌、そして戦争を経て、白鷹のものづくりは一時期壊滅状態にまで追い込まれてしまいます。

手機織をする職人たち

「やっぱり板締染って型があるのに非効率的な技法なんですよ。生産性を重視するなら捺染(なっせん)など、柄の表現に自由度がある。だから今では板締染はここ白鷹でしか見られない、とても珍しい技法になってしまいました。白鷹の人たちは、ある意味で頑固というか、自分たちの作っているものに自信があって、それを黙々と続けていく気質なんでしょうね」

板締染めに使用する無骨な固定具

大量生産・大量消費の波に飲み込まれず、ひとつの技を“続ける”という選択をした白鷹の職人たち。その揺るぎない姿勢が、途絶えかけた板締染と絣の文化を、今日までつないできた。

受け継いだ技術と伝統を絶やさない――困難なモノづくりにかける思い

紬とは一線を画す、しらたかお召の開発――究極の普段着を目指す

何とか白鷹をよみがえらせる方法はないか、そんな思いから昭和の時代に開発されたのが“白たかお召”でした。

白たかお召

「それまでの紬とは一線を画す、上質な絹の強撚糸を使っています。織り上がった後に湯通しをして“しぼ”を出すことで、生地の表面が平面ではなく細かく立体的になります。例えば肌に触れる一重の着物に仕立てると、面ではなく点で触れるので、通気性がよく肌触りがよい。もともとからしてシワが入っている状態なので、新たなシワがつきにくく、着崩れも起こしにくい。目指しているのは『究極の普段着』。ぜひ一度体感してほしい」

見せてくれた白たかお召の生地は、しぼが生む独自の立体感があり、手触りもさらりとして軽やか。目を凝らすと細かな模様が織り込まれており、それらが組み合わさって大きな繰り返しのパターンを形づくっていることが分かります。

白たかお召の生地。しぼがあり立体感がある模様

「湯もみをして生地を縮ませ、織巾の8割まで巾だしをします。この七宝柄は、最終的に円形に見えるように楕円に絣板を設計しています。当時、コンピュータなど無い時代でこのように緻密な文様を設計し、型を制作した絣板職人には頭が下がります」

白鷹で作り続けてきたからこそ、織れるものがある

笑顔で語る小松代表

染めることも難しい、織ることも難しい。
そんな板締小絣や白たかお召を、途切れることなく作り続けるのはなぜなのでしょうか。小松さんは控えめながらもものづくりへの自信と、白鷹という地で受け継いできた歴史への誇りをのぞかせました。

小松織物が作った白たか紬

「連綿と続いてきたこの技術を自分たちの代で終わらせたくない、それが一番の動機です。ただ、絶滅危惧種だと思っているわけでは決してない。手間はかかっても、ここ白鷹でならどこにも負けない良いものが作れると自信を持っています。白鷹でのものづくりの歴史は、誰にも侵されるものでもない。その歩みを大事にしながら、受け継ぐだけでなく、新しいものを加えることで、もっともっと磨き上げていきたい。そして、お客様に喜んでもらえるものが作れたら嬉しいですね」

制作中の生地

小松織物工房が織りなす板締めの絣は、ただの布ではありません。300年以上の歴史、先人たちが積み重ねてきた知恵、職人たちの手仕事の積み重ね――それらすべてが布の模様に刻まれています。白鷹では、これからも静かに、しかし力強く伝統を守り、次の世代へと引き継いでいくことでしょう。