【金彩の着物|京都・光映工芸】艶やかに輝く金彩友禅の美 創業者の理念を受け継ぎ、進化を重ねる

2026.04.27

安土桃山から江戸時代にかけて生まれた印金技法を改良、発展させ完成させた光映工芸株式会社の技法が金彩友禅です。創業者・故和田光正氏は、22歳で工房を構え、金彩友禅の研究開発に生涯を捧げました。柔らかく、割れることもない箔粉は、基本色だけで150色以上の多彩な色を有しています。友禅染めに匹敵する繊細さを誇り、金彩だけで日本の美と伝統を秘めた精神文化を表現します。
創業者の理念と技術を受け継ぎ、伝統技術に創意工夫を重ねながら、金彩友禅にしかできない表現に挑戦し続ける光映工芸のモノづくりに迫ります。

唯一無二の輝き――金彩友禅で描く世界

金彩だけで複雑な図柄も表現する

光映工芸本社ビル

日本の伝統工芸の中心地、京都。中京区、JR円町駅のほど近くに、映画のロケ地にも使われた趣あるビルに光映工芸株式会社の工房があります。扉を開けると、和田全央社長が笑顔で出迎えてくれました。

和田全央社長
和田全央社長

「昔の着物に金箔をほどこす印金技法は、タンスに10年しまっていただけで、着てもいないのにバリバリ剝がれてしまうことがありました。原因は糊の弱さです。それを父が長年研究し、洗っても落ちない独自の糊を開発しました。さらにそれまでは数色しかなかった色箔を150色以上に増やして友禅のように複雑な図柄も金彩だけで表現できるようになったんです。これが父・和田光正が編み出した金彩友禅です」

と全央社長は語る。

一代で築き上げた金彩友禅の世界

父・和田光正氏の作品集を手に話す、全央社長

「父は貧しい家の出で、中学を卒業したらすぐに働かなければならない状況でした。そんなとき、叔母が友禅の彩色仕上げの工房へ連れて行ったのです。父の父、私の祖父は父が幼いころに亡くなりましたが、友禅の彩色職人でした。叔母は父に、祖父の仕事の一端でも感じてほしかったのかもしれません。
工房を訪れた父の絵のうまさに、社長がすぐに気付きました。「ここで働かないか」と声を掛けられた父は、工房を見学するうちに体が熱くなり、内側から震えるような感覚に包まれて、その場で弟子入りを決意したと聞いています。叔母と一緒に当初決まっていた就職先に頭を下げて、入社を取りやめ、友禅の工房への道を選びました」

「当時の父の絵を見たことありますが、子どもの私から見てもうまいなと思いました。ただ、貧しくて画材を買うお金もなかったと聞いています。絵を続けられること、亡き祖父と同じ仕事に就けることは、父にとってどれだけうれしかったか想像に難くありません。その工房で父は印金の仕事を任されます。当時の印金職人は、地位が低く、悔しい思いもしたそうです。それでも父はめげずに修業を重ね、22歳で独立。工房を構え、光映工芸の第一歩が刻まれました」

金彩が施された着物地

ひたすらに技術開発と技術向上に努めた創業者

「独立に当たって、父は『人が8時間働くなら、自分は16時間頑張ろう』と決意します。そして掲げた目標は『金彩技術の向上』『職人の地位向上』『染織業界の発展へ貢献』の3つです。そのために、まず取り組んだのが金彩最大の弱点だった接着剤の改良です。大学との共同研究を重ねて、柔軟でドライクリーニングや水洗いにも耐える理想の糊を生み出すことに成功します」

制作に使用する糊

「昭和四十六年、父は岡崎にある勧業館で『金銀の文様展』を開催。金彩だけで、まるで友禅のように優雅な絵を描く、この独自の制作法を『金彩友禅』として世に打ち出します。一世一代の大勝負でした。問屋の皆さんがやってきて、金彩の部分に触れ、この糊ならいけると確信を持っていただくことができました。
その後も父は挑戦を続けます。生地の上に、接着剤や樹脂を塗り、そこに箔粉をまぶして線に立体感を与える盛り上げ箔の技法や専用樹脂の開発など、表現を広げる工夫に余念がなかったですね。この専用樹脂は現在も当工房の企業秘密で、ごく一部の職人しか製法を知りません。金箔は硬く、仕立屋さんには『針が折れるから』と嫌がられることが多いのですが、うちの金彩はやわらかく仕上がるので、針も折れない。だから着物にも仕上げやすいんです」

制作に使用する筆

物言わぬものに、物言わすものづくりを追求

お客様の「着てみたい!」が原動力

創業者・和田光正氏は令和6年、84歳でこの世を去りました。その理念は、全央社長はじめ、工房で働くスタッフ一人一人に受け継がれています。

和田光正氏について語る全央社長

「父は亡くなるまで、技術的にも芸術的にも金彩の探求をやめませんでした。だからこそ、一代でここまで金彩友禅の世界を広げることができたのです。『物言わぬものに物を言わすモノづくり』が理想だと父が語ったことがあります。着物は何も語りません。でも、お客様が目にした瞬間、『着てみたい!』と心から思ってもらえる、そんなモノづくりを常に実現しようとしていました」

と全央社長はどこか懐かしそうに語ります。

金彩友禅研究室と名付けられた工房
金彩友禅研究室と名付けられた工房

工房を案内してもらうと、若手からこの道40年を超えるベテランまで、10人以上の職人が生地に金彩を施していました。アルミの型枠を生地にあて、サッとヘラで糊を塗り、そこに金箔粉を絵筆でまぶしていく。

スクリーンを重ねて糊を塗る
スクリーンを重ねて糊を塗る

一色塗り終わるとまた型枠を重ねて、糊を塗り、別の色を重ねていく。地道な工程を何度も繰り返すことで、少しずつ色とりどりの金箔粉で図柄が描かれていきます。

糊を塗ったところに筆を使って金箔粉をまぶす
糊を塗ったところに筆を使って金箔粉をまぶす

絵筆で塗るだけでなく、上から降らせるように金箔を散らす繊細な作業。その積み重ねによって、同じ図柄でも輝き方が1点1点異なり、この世に二つとない唯一無二の生地が生まれます。完成まで一週間のものもあれば、三カ月ほども絵付けに時間を要する超大作もあり、そのすべてに職人の息遣いと美意識が宿っています。

立体的で盛り上がりのある図柄を描く職人
立体的で盛り上がりのある図柄を描く職人

創業者の姿を胸に宿し、制作に励む

工房の風景
工房の風景

職人の一人が、創業者・和田光正氏が健在だったころの話を語ってくれました。

「私が入ったころ、先代はすでに引退されていて、時折作業場に顔を出す程度でした。それでも、姿を見せるだけで現場がピリッとしたことをよく覚えています。ごく細い線が、わずかに歪んでいるだけで、『こんなものをお客様にお出しするのか。すぐに直せ』と厳しく指導されました。その妥協なき姿勢があったからこそ、あれほどの作品を生み出せたんだと、尊敬してやみません。今も少しでも追いつけるように精進を続けています」

工房の風景
工房の風景

工房には数百を超えるベースデザインが並び、常に新しい図案も考え、昔のデザインも配色を現代風にアレンジすることで生まれ変わります。材料棚に置かれた金箔粉の種類も豊富。2000年頃から創業者が積極的に挑戦した箔の染色技法により、金や銀、プラチナの箔を染め分け、現在は150色以上の色彩が金彩友禅の豊かな表現を支えています。

金彩に使用する色とりどりの金箔
金彩に使用する色とりどりの金箔
金彩に使用する色とりどりの金箔

「お客様は、長年着物を愛されてきた方も多いですが、若い世代にも人気があります。特に北海道の純白で美しい小鳥・シマエナガをあしらった着物は、幅広い世代から爆発的な人気を博しています。また、おばあさまからお孫さんへの贈り物として着物を選ばれることも多いです」

と全央社長は語ります。

シマエナガがあしらわれた着物地
シマエナガがあしらわれた着物地

自分たちにしかできないことを――お客様を心に浮かべ、金彩にこだわり続ける

光映工芸の目指すモノづくり

全央社長に「光映工芸の目指すモノづくりは?」と尋ねてみました。

「お客様に喜んでいただけること、そんなモノづくりが理想です。そしてわが社のポリシーとして、金彩のない着物は作りません。金彩友禅ができるからこその光映工芸ですし、技術と伝統には自信があります。近年はカジュアルなデザインの需要が高まり、父の時代に比べて染色した箔を使った作品が数多く、ラインアップも変化してきました。ゴージャスなデザインも魅力ですが、普段着としても着られる、それでいてキラリと光る着物が今は人気ですね」

と力強く答えてくれました。

光映工芸が手掛けた着物
光映工芸が手掛けた着物

「金彩というと、『派手で似合うかしら』と心配になって、なかなか手に取りづらいかもしれません。ですが、一度袖を通すと驚くほどにフィットされる方がほとんど。細身にすっきり見えるよう、着物全体に流れるようなデザインを心掛けていますし、ぜひ一度試着してほしいですね。豪華な金彩を着こなす快感を楽しんでいただけるはずです。
さらに5年、10年経っても、箔が落ちることはないほど耐久性が抜群ですので、長年にわたって楽しんでいただけます。『もったいない』と思わず、普段使いをしてください。うちの金彩は落ちませんから、ガンガンに外に着ていってほしいですね」

と全央社長は笑顔で語ります。

材料にもとことんこだわるからこそ、一生ものの着物ができあがる

所有し、着こなすからこそ味わえる金彩友禅の豊かな味わい。創業者・和田光正氏の思いは、いつもお客様に寄り添っていました。そして今も光映工芸は、お客様が心から楽しめる着物づくりを追求し続けています。

光映工芸が手掛けた着物。横浜の街並みが金彩で表現されている。
光映工芸が手掛けた着物。横浜の街並みが金彩で表現されている。

「父の跡を継いで10年以上、工房を引っ張っていくプレッシャーを感じなくもないですが、少しずつ自信を持てるようになってきました。父は令和6年に亡くなりましたが、生前は『見て覚えろ』タイプで、直接教わったことはありません。見よう見まねで食らいついて、父が築いた技術に、現代風のデザインを加えるなど自分のモノづくりを磨いてきました。これからも絶対に金彩にこだわり続けます。そして必ず日本製の生地を使う。父が築き上げた金彩友禅ですから、妥協なく、お客様に喜んでもらえる金彩を追求し続けます」

伝統的な印金技術を昇華し、築き上げられた「金彩友禅」の世界は、これからも京都で着る者を輝かせ続ける――。

金彩を施す職人
金彩を施す職人