【紬の着物|山形・米沢織-野々花染工房】(前編)草木染100%に挑戦し続ける米沢織の美学 伝統工芸を守り、伝えることが使命

2026.01.08

色に魅せられた――山形県米沢市で、天然染料100%の草木染織にこだわってモノづくりを続ける野々花染工房有限会社の6代目社長・諏訪豪一さんは静かに語る。
藍、茜、桜、紅花など常時10種類以上の染料を操り、染織を行う米沢織の第一人者だ。自然の恵みから生まれる色を巧みに重ね、織り上げられる着物は、一点一点が異なる個性を宿す。繊細で、どこか凛とした美しさを放つのだ。伝統を守りながら、新しい挑戦を恐れない。その姿勢が、野々花染工房のモノづくりを支えている。
豪一さんに、その哲学と未来への思いを聞いた。

見るものを魅了する鮮やかな色彩――米沢でも随一の草木染

伝統的な色味を受け継ぎ、表現する

米沢市内にある野々花染工房の外観
米沢市内にある野々花染工房の外観

山形県の南部、置賜地方は伝統工芸品として「置賜紬」を生産している。米沢市、長井市、白鷹町の3つの地域で、それぞれ異なる製法が息づいている。米沢市は草木染、長井市は緯総絣・併用絣、白鷹町は米琉板締小絣・白鷹板締小絣を生産しており、技法の違いが、この土地の織物文化を豊かにしてきた。
米沢市内で、自然染料100%の草木染にこだわりぬき、米沢の置賜紬の一翼を担うのが野々花染工房だ。すっかり天然染料の色に魅了されてしまったと話す諏訪豪一さんが出迎えてくれた。

諏訪豪一さん
諏訪豪一さん

江戸末期から続く、染と織の哲学

「当社は江戸時代末期の安政5年(1858年)創業しました。かつて私たち機屋というのは、ただ機を織るだけで、着物の流通における一生産者という立場にすぎませんでした。その流れを変えたのが父の代。より付加価値の高いものを、と米沢産地の草木染の復活への挑戦が始まった。
以来、会社として機織りのニーズを満たし、世の中に求められているものを作るというところに礎を置きながら、伝統工芸との技法を自分たちが表現することで、後世にしっかりと継承することを使命としてきました。例えば、染料も簡易的にやろうと思えば、化学染料でいくらでもできます。でも、あえてそれを選ばず、100%草木染で織ることで、日本が古くから大切にしてきた色合いを伝えていきたいと思っています。」

その言葉には、時代を超えて色を守り抜く覚悟がにじむ。

染色工房

色とりどりの染料が季節を彩り、草木染の深みを極める

染料となる桜の枝が積まれている

野々花染工房の特徴は何と言っても、その名前が示すとおり、豊かな素材を使用した草木染だ。藍や紅花、紫根、茜、桜など常に10種類ほどは定番として染められる体制を整えている。染料にも旬があり、四季折々で最も美しい色を取り入れることも忘れない。

野々花染工房にある藍甕
野々花染工房にある藍甕
藍甕。発酵により発生する泡は藍が生きている証拠だ

「藍染はもちろん本藍染。『本』とつけないといけないぐらい、本物の藍を使った染めが日本では珍しくなってしまいました。藍は本来、暖かい地域で使われることが多いのですが、夏以外は寒冷な米沢で年間を通して本藍染を続けているのは、今となってはうちだけです。
工房には藍甕が8つあり、毎年欠かさず仕込んでいます。藍は染めがうまくいけば、それだけ工房の評判を高めますが、逆に少しでも下手なものを作ると一気に信頼を失います。こちらの腕を如実に表す鏡のようなものなんです。発酵させて染料を作るため、毎日色が変わり、こまめな手入れは欠かせません。
本当に大変ですが、藍にしか出せない深い色合いがあります。大好きな色なので、ずっと続けていきたいですね。」

そう語る豪一さんの指をよく見ると、爪がうっすらと藍色に染まっていた。毎日手入れをするうちにすっかり指先まで染まってしまったのだという。

藍の原料を持つ豪一さんの指先が藍で青く染まっている。

「当社が積んできた草木染の経験値は、日本でも随一だと思います。
草木染めは、工房内では毎日のように染めを行っており、それだけ知見とノウハウが高まってくる。コンスタントにこれだけの種類の草木染を継続している工房は、日本広しといえど、ほとんどないと自負しています。」

草木染へのこだわりと自信には並々ならぬものがあり、職人としての誇りがにじんでいた。

藍甕の前で説明をしてくれる諏訪豪一さん

米沢の豊かな水流が艶やかな色を生む

紫根で染められたばかりの絹糸

そして、山形それも米沢の地に工房を構えることにもこだわりがあると豪一さんは言う。

「染めの工程で欠かせないのが水。米沢は水が良いんです。以前、出張で茜染め教室を開いたことがあるんですが、その地の水ではどうしても赤色にならず、黄色味が強くて茜染め本来の良さが全く生きなかった経験があります。私たちが工房を構えるここ米沢は、山形県内でも少しだけ標高が高く盆地で、この地に集まる地下水を使用しています。
雨水や雪解け水が急峻な山脈を駆け抜け、素早く地に集まるからか、ここの水は不純物が少なく、きれいで澄んだ軟水なんです。
この素晴らしい水があるからこそ、藍や紅花の鮮やかな、自然が持つ豊かな色合いを存分に表現することができるんです。」

誇りと自信をもって、色を生み出す。

自社で染めから織まで、一貫のこだわり

藍で染められた野々花染工房の暖簾

「糸を染めて、それを機にかけて織るところまでは一貫して自社でできるようにしています。先代である父の代からの取り組みで、草木染100%のスタイルでいえば私が2代目。父から受け継いだものをさらに充実させて、染められる色も増やしました。職人さん一人ひとりが作りたい方向をしっかりと捉えられる工房になってきたと思います。」

豪一さんは笑いながら、工房の技術への自信をのぞかせる。

「常に10種類も染料を用意して、すべての製品を100%の草木染で仕上げるって、本当に大変なんです。父の代や私が跡を継いだころは、『そんなの偽物だろ』って決めつける方もいらっしゃいました。でも、やっていることと製品に自信がありましたから、全部論破ですよね(笑)。うちの職人たちはもしかしたら、日本一草木染の仕事をしている人と思っています。うちの職人が染める自然の色から生まれてくる織物の味が、工房の自慢です。
だからこそ、うちの職人に下手な仕事はさせられない。伝統工芸を極める道にかじを取った以上、そこはプライドを持って、品質を高め続けないといけない。」

染料を作るために原料を煮詰める職人
染料を作るために原料を煮詰める職人

「出したい色を表現できるようになってきましたが、それでも生きた材料を使っているので、毎回全く同じ色が出せるというわけではありません。無理に色をこちらの都合に合わせようとすると、色がストレスを感じて壊れやすくなってしまうんです。
色の耐久性も落ちてしまうので、毎回微調整しながら進めています。」

生きた色と向き合う、その緊張感と誇りが工房の空気に満ちていた。

科学的なアプローチで感覚を言語化する

豪一さんは工房で染めたさまざまな糸を見せてくれた。中でも米沢らしい、珍しいと言って目を引いたのが、艶のある灰色をした糸。

天然染料で染色された絹糸

「これはヌルデという漆の仲間の木にできたコブで染めた五倍子(ふし)染と呼ばれるもの。コブを作るのは、何と虫なんです。うわっと思うかもしれませんが、虫そのものじゃなくて、虫の巣を使うんです。かつてはお歯黒の材料にも使われていた由緒正しい染料で、大変貴重なもの。米沢では昔、この色で男物や袴などを織っていた記録が残っているので、米沢では歴史のある染料です」

染色された糸を手に、解説をする諏訪豪一さん

「この緑は1つの染料では出せない色。山桃と藍を重ねて染めることで緑を表現しています。緑色だけ化学染料で作る、というわけにはいかないので、どうやって天然染料で緑を作るのか苦労しました。伝統工芸の染めというと、感覚的にやっていると思われがちですが、全部科学で説明ができます。なので工業試験場に足繫く通って勉強したり、時には成分分析に出したりして、感覚的なところを科学に落とし込んで理解するように心掛けています。原理や原則を理解していないと、何度も同じ間違いを犯してしまう。それはお客様に対しても不誠実でしょう。学生時代よりも今の方が勉強していますよ(笑)」

伝統を守りながら、科学で裏付ける。その姿勢が、野々花染工房の色をより深く、より確かなものにしている。