【紬の着物|山形・米沢織-野々花染工房】(後編)草木染100%に挑戦し続ける米沢織の美学 伝統工芸を守り、伝えることが使命
2026.01.08
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お客様と一緒に育つ織物を生み出したい
人を育て、継承するのが米沢のスタイル

こだわりをもって染められた糸が、織物へと姿を変えていく。
機の音が工房に鳴り響いている。織り場を案内してもらうと、目に付いたのが木製の大きな高機織機だ。


「機械式の織機もありますが、うちでは手機でも製品を作っています。織るものに合わせて選んでいます。ただ、機械にせよ手機にせよ、人が技を習得しないと織ることはできません。毎回、糸は性格が違うと思わないといけないです。染めの前工程の絹糸の白練り工程のちょっとしたさじ加減でも、糸は全然変わります。染料も野菜や果物と同じで、年によって出来が変わってくるので、前の年にただ倣うだけだとうまくいきません。経験を積んで、しっかりと頭を働かせないと、良いものは決して生み出せないんです。
『作り手が育たないと良い織物は作れない』というのが、うちだけじゃなくて米沢産地の使命だと思います。」


変化を楽しみ、ともに成長する着物に
草木染にこだわるからこそ、野々花染工房が作る織物は5年、10年先も変化を楽しめる、まさに“生きた織物”だ。
「感覚的な話になりますが、染料にはそれぞれ『質感の違い』があります。天然染料は軽くて質感も良い。天然の材料を原料にした織物は、風合いも使い続けるうちに少しずつ変化する。
その変化こそが、楽しい。お客様と一緒に育っていく――そんなものづくりに携われていることが私たちの誇りなんです。」
豪一さんの言葉には、時を重ねる美しさへの確信が込められていた。
1点1点異なる個性を持つ編カゴ――持続可能な伝統工芸を目指す
米沢織の他にも、豪一さんが力を入れているものがあるという。工房を案内してもらうと、壁面を埋め尽くすように植物のツルが保管されている。やまぶどうのツルだ。

「最上川の源流沿いに生えているやまぶどうのツルを採取して、ここで編カゴを作っています。温故知新でありながら、これまで活用されていなかった資源をアップサイクルする意味でも、守っていくべき工芸だと感じています。一本一本のツルには、それぞれ違った個性がある。無理に逆らって編もうとしても、反発してうまくいかない。原料を3年ほど寝かせることで、最初は見えなかった天然素材のクセ、例えば右に曲がりたがるとか、節が硬いとか、そういったものが素直に表れてくる。それを生かすように、丁寧に編んでいきます。ちょっと人間関係に近いなと感じるときもあります(笑)。時間をかけないと見えてこないんです。」


伝統を守るために、広がる輪
豪一さんはツルを一本手に取りながら、しみじみと語る。そして、伝統工芸を守るためには自分たちだけで取り組むだけでは足りないと続けた。
「みんなが興味を持ってくれないと守っていけません。例えば、やまぶどうのツルは沢沿いの急な斜面に生えるので、採取が非常に危険。たとえ山の経験が豊富な人でも滑落したり、遭難したりするリスクがある。個人が編みカゴの製作に興味を持っても、なかなか原料採取は挑戦できない。だから私たちは興味を持っている方がいらっしゃったらツルをお譲りするという取り組みを始めました。
藍染もやはり私たちだけで守っていくのが非常に難しい。全国の藍染に関わる仕事をされている人たちと連携し、情報交換していくことで、なんとか日本の伝統工芸を守っていきたいと強く思っています。」

米沢から全国・世界へ――若い世代や国外にも目を向ける野々花染工房の未来
自分たちのモノづくりを確立しながら、若い世代の育成にも力を注ぎ、伝統工芸の継承にも力を入れる。野々花染工房のモノづくりが目指す先はどこにあるのか、豪一さんは語る。


「展示会などでお客様と接する機会が増え、私たちの取り組みが少しずつ広まってきたかなという段階です。3年、5年後にお客様から『着物を作ってよかった』と声を掛けていただけるように、これからも技術と品質を高め続けていきます。
工房としてモノづくりの力を高めていき、うちの今20代の若い職人たちが主戦力として活躍する時が来れば、次の未来への継承も見えてくると思っています。そのためにも、様々な人たちに着物・織物の魅力を知ってもらいたい。各種コンテストにも積極的に出品して、知名度を高める。あるいはSNSや雑誌などに取り上げられることで、新しいうねりを生み出していきたいです」
豪一さんの言葉には、伝統を未来へつなぐ力強い決意が込められていた。
国外からも注目が集まる


日本古来の天然染料に、オーガニック素材への関心が高いヨーロッパのアパレルブランドも注目している。実際に問い合わせもあるという。これまでは自分たちのことで精いっぱいで応じることができなかったが、今は自分たちの色に自信を持ち、余裕が出てきたからこそ、これまでにない挑戦として海外へも目を向け始めたと豪一さんは言う。
米沢から世界へ。伝統を守り、一歩一歩進んできた野々花染工房は、今も、そしてこれからも豊かで美しい色で私たちを魅了し続ける。
