【着物・帯|山形-齋英織物】土地の色を織り込む 米沢の風土が育てた染織を次代に伝える

2026.06.23

山形県米沢市。古くから織物産地として知られるこの地で、天然染料を用いた織物づくりを続けている工房が「齋英織物」です。藍や紅花といった伝統的な染料に加え、さくらんぼやラ・フランスなど、山形ならではの素材を使った染めも行います。自然の色を糸に宿し、織りによって布へと変えていく。土地の恵みを生かしながら、織りと染めを組み合わせた表現を探求する齋英織物。その静かな情熱とものづくりの背景に迫ります。

山形・米沢の天然素材で染め上げる

土地の素材から生み出される、米沢の色

齋英織物の外観

古くから織物産地として知られる米沢には、それぞれの技術や感性を磨く多くの機屋が集まり、同じ米沢織という枠の中でも工房ごとに独自の表現を持っています。その中で齋英織物が大切にしているのが、天然染料を生かした染織です。

藍や紅花といった伝統的な染料はもちろんのこと、地元の植物や果樹を用いた染色にも積極的に取り組んでいます。出迎えてくれたのは取締役で自身も伝統工芸士である齋藤正文さん。

齋藤正文さん
齋藤正文さん

「山形は果樹栽培が盛んな地域です。当社では、そうした山形ならではの素材から色を引き出し、糸を染める試みを続けてきました。さくらんぼの木の剪定枝やラ・フランスの枝葉など、山形ならではの土地の素材から色を引き出す染色に挑戦してきました。女性ものの着物地と帯を中心に、少数ですが男物も手掛けています」

と齋藤さんは語ります。

齋英織物が製作した生地

「米沢織の特徴でもある天然染料で染めた糸を織り上げ、その帯をベースに、絞りなどの技法で後染めを施すこともあります。染織だけでは表現できない模様を取り入れ、いろいろなデザインを作っています。すっきりした着物に凝った帯を合わせるスタイルが、今の当社の方向性です。無地系の生地が多い米沢織だからこそ、帯で遊び心や、華やかさを演出することを目指しています」

齋英織物が製作した生地

袋帯や八寸帯、四寸帯のほか、男性用の角帯なども制作しており、用途や装いに合わせた幅広い展開を行っている。もともと男物の織物を多く手がけてきた歴史もあり、落ち着いた色調や深みのある配色は同社の持ち味となっています。

自分たちで染め、唯一無二の生地を仕上げる

自然のムラを生かして織り上げる

齋英織物の工房の風景。織機が並んでいます

工房を見学させてもらうと、年代物の機織が10台ほど並び、カシャカシャと音を立てながら織り上げています。染める前の真っ白な絹糸が目に留まりました。

染色前の白い絹糸

「この白い糸を自分たちで染めていくんです。昔はもっと規模が大きかったんですが、20年ほど前にあえてコンパクトにしました。たくさんは作れないですけど、その分自由度が上がったと思います。昔はこんなに鮮やかで明るい糸は作ってなかったですから」

と色とりどりの染め糸を前に語ってくれました。

色とりどりに染められた絹糸

糸を天然素材で染めると、一様ではなく自然とムラができ、うっすらと濃淡が生まれる。それをつないで経糸を作ります。

織機にセットされた染糸。色とりどりの色味が映えます。

「むかしは濃淡を合わせて柄にしていたんですが、今は自然のままにしています。織ると自然に模様になってくれるんです。天然な色が持つ素直な美しさの生地が生まれます」

決めすぎないからこそ、自然に唯一無二のユニークな作品が生まれる――それを象徴する糸束が工房内で見つけることができました。まだらに染められた不思議な糸束です。

まだらに染められた糸
まだらに染められた糸

「これは絹の錦を何色かに染めて1本につないだもの。部分ごとに色が全て違うんです。織ってみないと糸の本当の表情が見えない。すごく不揃いなんですが、その不揃いさがかっこいい。同じ糸を使っても1点1点が違う仕上がりになる。糸を切らずに、ただひたすら追い続けて織る。たった3点の生地を織り上がるまでに2年かかりました」

天然染料が生み出す自然の美

染め場も案内してもらいました。ここで齋英織物の“色”が生まれています。

染め場の風景
染め場の風景

「全て天然染料で、基本は全て手染めです。クリのイガやサクランボの枝などを煮出して染料を作ります。糸を板に巻き付けて、絞って圧力をかけることで柄を出していく板締めなどの技法で染めていきます。奈良時代から伝わる技法の夾纈(きょうけち)を自分たちなりに解釈して取り入れています。板締めに使う板もこだわりがあって、水に強いクリかヒノキを使います。分厚すぎると作業がしにくいですが、薄いと締め上げるときに割れてしまうので、生地の厚さや状態に合わせて厚さを調整してます」

藍甕

「藍甕もあります。藍は生き物なので、染める時期によって色も変わってきますね。帯であれば今は10回ほど染め重ねてますが、もっと濃くしたいときは20回に増やしたり、ものによっては1ヵ月ほど繰り返し染めて、黒に近いぐらいの濃紺にまで持っていきます。濃いほど長持ちしますし、ゆっくりと色合いが変化していくので、長く楽しんでいただける帯になります」

文化を織る――一枚一枚に込めた想い

顔が見えるものづくりを常に心掛ける

近年、着物を取り巻く環境にも変化が生まれています。「誰が、どこで、どのように作ったのか」という背景に関心を持つ人が増え、織物の価値の捉え方も変化しているといいます。

工房の風景

「20年程前は、着物を選ぶときは“まず値段”という感じだったと思います。この10年で、ものづくりのストーリーを見てくださるお客様が増えました。生産者の顔が見え、納得していただければ購入につながる。どの土地で生まれ、どんな素材を使い、どのような工程を経て作られているのか。そうした背景を知ることで、着物は単なる衣服ではなく、文化や物語を持つ存在として受け止められるようになってきているように思います」

工房の風景

お客様から得るインスピレーション
アイデアは尽きない

齋英織物は山形の素材で染色を行うことで、土地の自然や文化を織物に織り込んでいます。

工房の風景

「昔ながらの道具を使っているので、その道具で出来ることの限界っていうのも分かっています。ベースとしての着物や帯の形は、変える必要がない。昔ながらの作りの中で、糸質や、配色・デザインといった部分を今の時代に合わせて、丁寧にアップデートすることが何より必要だろうと思っています」

と話します。

工房の風景

「私は自分でものづくりもしていますし、全国を飛び回って、自分たちの作品を紹介しているので、直接お客様から頂く声をもとに、『これをやってみよう、次はこれに挑戦しよう』とアイデアが尽きないんです(笑)。誰かに頼まれて作るわけじゃなく、1点1点、やりたいことをしっかりと表現したいと年々強く思うようになっています」

と笑顔で話す齋藤さんからは作り手としての美学を感じます。

齋藤正文さん

「原料も、どんどん手に入りにくくなってきています。だからこそ、原料の生産者さんも、安いものを数多くに作るよりは、少なくても最上級のものを魂込めて作ろうと頑張っていらっしゃる。私たち機屋も、長く使っていただけるものを作ることが使命だと思います。流行に流されず、時代が変わっても変わらない美しさを表現する配色やデザインを心がけています」

他の産地とも連携――作りたいものを追求する齋英織物

絞りも取り入れた生地を作っているのが齋英織物の特徴の一つ。齋藤さんは新たな技術を学び、外部の力を取り入れることにも積極的です。

絞りも使って製作された生地

「自分たちだけで作ることにこだわりすぎると、それは作品の幅を狭めてしまいます。全国のみんなで互いの技術を生かし合うことが織物文化の未来へつながることになると考えています。アイデンティティとしては山形・米沢に置きながら、表現したいこと・やりたいことができるなら他の産地の力も取り入れ、より良いものづくりを実践しています」

紅花で染められた糸

「今はレトロブームというか、伝統的なものが好まれていますが、ここに昔ながらの機屋だからこそ出せる強みがあります。流行だから昔の作り方や模様を真似るわけではなく、長年続けてきた職人がいるからこそ、当時のものづくりの再現することができる。自分たちしか出来ないという部分をお客様は本当によく見てくださっています」

伝統にプラスするからこそオリジナリティが生まれる

「少し余談ですが、倉庫には今は作られていない糸が眠っていて、それを少しずつ織って、歴史を形にするということもしています。人の手で紡がれた希少な糸なので、なくなればもう二度と作れない。それを天然の素材で染めて、織っていく。私が生まれた時から製作の流れや方法としては変わっていない、本当に昔ながらのものづくりです。こうした伝統的な方法を使った織物の文化は残していきたい」

天然染色で織り上げられた生地

「昔と同じ分厚い生地は丈夫ですが、今は軽やかな単衣が求められる。時代に合わせれば合わせるほど、作り手としては昔ながらの技法が魅力的に見えてくるのがすごく難しい。米沢でも1~2軒しか出来ない技術があると、それを無くしもいいのかと葛藤が生まれます。だからこそ、次の世代が復刻できるように、伝統を残す作業も並行しながら、自分らしい、今の時代でしかできない米沢織というものを追求しています。どれだけ創意工夫できるかが機屋の息の長さに関わってくると思っています」

着物文化を絶やさない――産地としてのプライドと願い

着物文化に気軽に触れられる展示場の開設

染織工房わくわく舘の風景

齋英織物は、着物を着ない人でも織物に触れられる機会をつくろうという思いから「染織工房わくわく舘」を運営し、紅花染め織物体験を提供しています。さらに伝統工芸師から学べる「織の学び舎」を併設し、初心者から作家を目指す人まで幅広くサポート。取材当日も何人もの生徒が作品作りに勤しんでいました。

染織工房わくわく舘で作品制作される生徒さん
染織工房わくわく舘で作品制作される生徒さん

「作り手が減っていく現状に、父の代から強く危機感を持って35年ほど前に『わくわく舘』を立ち上げました。弊社だけでなく賛同してくれる数社が共同で設立したのは、産地として何かしなければという思いを強く抱いているから。少しでも着物を身近に感じてもらえたらうれしいです」

と齋藤さんは語ります。

次の世代にもこの文化を残してあげたい――作り手としての願い

齋藤正文さん

山形の、米沢の地で、伝統を守りながら、自分たちにしかできないものづくりを挑戦し続ける齋英織物はどこに向かっていくのか、その未来について尋ねました。

「着物地はもちろんですが、織で作った生地を他の製品へ展開するなど、伝統を受け継ぎつつも新たな領域にもどんどん漕ぎ出している最中です。そうは言いつつも、着物を追求して極めていきたいという私のつくり手としての矜持もあります。紬は“年齢層が高い人”と思われがちですが、普段使いするなら紬が一番。若い人にも、着物の入り口として紬っていうのを捉えていただけるような仕掛けや使い方を提案していきたい。着物イコールフォーマルと認識されていると思うので、自分の好きなタイミングで着ていいものだと知ってほしい。次の世代のためにも、着物、織物の文化を残していきたいですね」

と齋藤さんは決意を話してくれました。

齋英織物の風景

齋英織物の織物には、山形という風土が息づいています。果樹の枝葉から生まれる色、伝統的な染料の深み、そして糸と織りが重なり合うことで生まれる布の表情。それらはすべて、この土地の環境と文化の中から生まれてきたもの。自然の色を糸に映し、織りの技術によって布へと形を変えていきます。
齋英織物は、米沢という土地に根ざしながら、今日もその文化を静かに織り続けています。

齋英織物の風景。紅花とススキが季節を伝えます