【紬の着物|山形・米沢織_佐志め織物】紋紙で織り上げる、軽やかさと精緻さ 唯一無二のコートとなつきぬ――佐志め織物のものづくり
2026.05.25
山形・米沢の地で織りを続ける、佐志め織物。工房に足を踏み入れると、並ぶ織機の間を経糸が静かに走り、天井近くでは紋紙が柄を読み取っていく。コンピューター制御が主流となった今も、同社はあえて100%紋紙による織りにこだわり続けている。細糸を操る高度な技術、軽さ・着心地を追求する設計。そして、受け継いできた伝統を土台に、現代の気候や装いへと寄り添う「佐志め織物」の現在地に迫ります。
Contents
創業100年――コート地を専門に技術を磨き続けて
起源は大正。創業者の名前が今も屋号に


山形県の米沢は多雨多湿で、山の周辺は豪雪地です。そんな気候の中で育まれてきたのが、着物の上に着る雨コートで盛んに生産されていました。最盛期には40軒以上もの織屋が雨コートを手がけていましたが、現在ではあまり見られなくなりました。数少なく、今も雨コートを織り続ける工房が佐志め織物です。極細の絹糸を経糸に約4000本も使用し、緻密に織り上げたコート地は驚くほどの軽さです。
米沢市街に佇む古風な日本家屋に佐志め織物はあります。四代目の佐藤亨定社長が出迎えてくれました。

「当工房では、織物として着物、着物の上に着るコートを中心に生産しています。女性用が多いですが、一部男性用や帯も織っています。米沢は多様な織物を生み出した歴史があります。ほかの有名な産地、例えば大島紬や結城紬には産地の型があると思うのですが、米沢織って統一的な特徴が見えづらいんですよ。というのも、それぞれの機屋ごとに全然違うものを作り進化してきたからなんです。佐志め織物では、コート地、特に雨の時に着物を守る正絹の雨コートを専門に作ってきました」
佐藤社長は工房の創業からの歩みを教えてくれました。

「私の曾祖母である佐藤志めが、親戚の機屋に通って機織りを習得して、大正13年に創業したのが始まりです。事業を男性が始めることが多かった時代に、織り手でもある女性が自ら創業したというのは非常に珍しかったと思います。昭和29年には曾祖母の名前を残したいという思いから『佐志め織物有限会社』と名付け、その志を受け継ぎながらものづくりを続け、創業から100年を迎えることができました」
コート地の技術から広がる、新たな可能性
「コート地は、とても細い糸を高密度で織り上げていくのです。ずっとそれを専門にやり続けてきたので、着物を織る際にもその技術が生きています」
といって佐藤社長は一反の生地を広げて見せてくれました。

「江戸小紋の“鮫小紋”と呼ばれる柄で、通常は白生地を型染めして作ります。見ていただくと分かるんですが、佐志め織物ではこれを型染めではなく、“先染めの織り”で作ることができます」
生地の角度を変えて眺めると、繊細な粒のような柄の一つ一つが浮かび上がっており、型染ではなく、織りで柄を表現していることがよく分かります。

「一般的な紬の経糸の本数は女性用だと、およそ1200本前後。細い糸使う大島紬などでも1260本ほどです。かなり細かいものでも1450本ぐらいだと思います。ですが、うちでは経糸が約4000本。3倍以上の経糸を準備して、糸を複雑に上げ下げしながら柄を織っていけるので、こうした細かな模様が表現できるんです。ラベルの貼ってある飾り織付の部分には経糸を見せている箇所があり、緯糸が数本しか入ってない、『織ってない部分』なのですが、透かしても、ほぼ透けて見えないぐらいの高密度で織っています。ここまで多くの細い糸は手織りでは絶対に織れません。専用の動力織機に、高度な技術を持った職人が扱って可能となります」

使っている経糸を実際に見せてもらいましたが、その細さは驚くほどで、和装では一般的に使われないレベルだといいます。
織姫のように1枚1枚を丁寧に織る――『五百機織』に込めた想い
「古来、七夕の日を待つ織姫がたくさんの機を操り、色とりどりの美しい衣を織りあげる姿が万葉集などでも詠まれています。織姫が織った衣を『五百機衣(いおはたころも)』と呼び、私たちもたくさんの細い糸を扱うものづくりを続けてきたことから、その想いを重ね『五百機織(いおはたおり)』という名で商標を取得しています」

「培った技術はもちろんのこと、私たちが大切にしているのは着やすさ。通常の三倍以上の経糸を使っていながら、一本一本が極細なので、着心地が軽く、長時間着ていただいても疲れにくい。しなやかさと適度なシャリ感もあります。緯糸には強撚糸を使用することで、弾力性を持たせて伸び縮みを生み出しています。独自の強撚糸はシワになりにくく、湿気に強くて縮まないという特徴もあって、当て布さえあればスチームアイロンを使用しても大丈夫なぐらいなんです。軽くて、着やすくて、手入れもしやすい、着ていただくお客様のことを第一に考えたものづくりを心がけています」

ジャカード織機だからこそ生み出せる複雑な模様
伝統的な紋紙を使ったジャカード織機が並ぶ工房

佐藤社長が工房を案内してくれました。吹き抜けになった2階建ての空間にずらっと背の高い織機が並んでいます。2階天井ほどの高さから垂れ下がるのは、無数の穴が開けられた巻物のような紙が織機にセットされています。

「この動力織機がジャカード織機です。パンチ穴の開いた紋紙で、経糸の上げ下げを制御しながら織っていく機械です。工房には35台の織機があり、帯、着物、コート地と用途に合わせて仕掛けを変えながら使い分けています。今はコンピューターを使った電子ジャカード織機が一般ですが、うちでは100%紋紙で作っています。柄ごとに専用の紋紙を作り、穴の有無で糸の動きを判断します。紋紙を作るには高度な知識と経験が必要で、幸い米沢には今もお二人の紋紙職人さんがいてくださるからこそ続けられています」

「経糸の本数が多いだけでは細かい柄は織れません。1本ずつ制御できるからこそ、織りでここまで表現できるんです。そのために、経糸1本1本全てを、この小さな金属のフックにつながなければなりません。とんでもなく大変な作業です」
と佐藤社長は笑う。

細い糸は、色によってはほとんど視認が難しいほど。1本の糸の乱れが全体の仕上がりに影響するため、準備段階から神経を研ぎ澄ます必要がある。見えないほどの糸を整え、揃え、張る。その静かな積み重ねの先に、ジャカード織機の上で文様が生まれるのです。
着心地を追求した、コートとなつきぬ。技術が光る代表作

佐藤社長は佐志め織物の代表作を紹介してくれた。まずは、もちろんコート。
「佐志め織物は、コート地を専門としてきた工房です。かつて主流だった雨コートは繻子織による光沢の強い生地で、いかにも雨の日のための装い、という印象でした。しかし時代が移り、着物を取り巻く環境も変わるなかで、コートの在り方も変わりました。現在主軸となっているのは、錦織によるコート地。パッと見ただけでは雨用とは分からないですよね。光の当たり方によって文様の浮かび方が変わる正倉院模様や、雨の日はもちろん、晴れた日には塵除けとしても使えるデザインです。これを染めではなく織りで表現できるのが当工房の強みです。フォーマルな場にも馴染み、お洒落なコーディネートにも合わせやすいと思います。米沢に限らず全国的にコート地を織る工房は減少しています。おかげさまで他にはないということで、さまざまなお客様から重宝いただいています」
佐藤社長からものづくりへの確かな自信を感じられます。続いて紹介してくれたのが、もう一つの代表作『なつきぬ』です。

「“夏”と名付けていますが、絽(ろ)や紗(しゃ)ではないので、薄物の季節以外にも、単衣の季節にも着ていただけるようになっています。最近は5月から10月が非常に暑いですから、半年ほど着ることができる着物になります。触っていただく分かるのですが、非常にさらさらしている。これは使用している絹糸によるもので、変化に富んだ撚りをかけた撚糸なため、糸そのものに凹凸がある。そのため肌に面ではなく点で触れる構造で、布が肌に密着しにくく、風が抜けます。しかも一反500グラムほどで非常に軽く、長く着ていただいても疲れにくいんです」
夏単衣や単衣夏が注目を集める前から、佐志め織物は『なつきぬ』を20年以上前から形にしていました。時代に先駆けて生まれた着物は、今の気候に寄り添う存在として活躍しています。
着てもらってこそ、意味がある――シーンを選ばないラインアップでお客様に寄り添う


「多くの方に手に取っていただきやすいように、用途を限定しないものづくりを心掛けています。5月~10月まで着られる『なつきぬ』や晴雨兼用のコートなど、幅広いシーンで使える着物や帯を目指しています。深みを出す商品づくりも大切ですし、なにより着心地よく着ていただくこと、帯なら締めていただいて、その良さを実感していただけるのが職人冥利につきます。流行に左右されず、末永くお客様に大切に着ていただけるように、1枚1枚に心を込めて織り続けていきます」


軽さや着心地を追求するのは、日常の延長線上で袖を通し、帯を締めてもらいたいから。季節の移ろいのなかで選ばれ、繰り返し着られること。佐志め織物では今日も、お客様の暮らしに寄り添い、自分たちにしか作れない米沢織を丁寧に織りあげていく。
